JA1ACB こだわり無線塾



エンヴェロープ帰還


 エンヴェロープ帰還は将に読んで字の如くSSBのエンヴェロープに就いてフィードバックを掛けるもので、アンプの非直線性による入力のエンヴェロープと出力のエンヴェロープの差の分(普通は出力が潰れる)を其のアンプ自体に戻して潰れた分を引き伸ばしてやろう、つまり差分で振幅変調を掛けてやろうと言う事に他成らない。従って入力を整流(検波)したものと出力を整流したものの差で潰れた出力を膨らまして、結果として清く正しく美しい出力にする。と此処までは構想はすんなりと進んで、其れこそ温故知新ではないがサプレッサーグリッド変調の837(4E27があるが電源とフィードバックアンプの点から諦めた)を引っ張り出して入出力の差を適当に増幅してサプレッサーグリッドに帰還するで目出度しめでたしの結論が出る筈であった。この入出力の差を取り出す方法は昔SSBが始まった頃の歪検出用のコンパレーター其の物ずばりで、現在でもオートテューン(自動同調)の最終段階の負荷の調整の検出器として使われている。これを逆の方から考えると、エンヴェロープ帰還を掛ける所は利得(ゲイン)は一定不変の必要があり、言い換えると入力電圧と出力電圧の比率は一定でなければならないので負荷を調整してやる時何時も同一の状態、状況、条件にする必要があり手動でするには極めて厄介である。

 
 以上の理屈が判ったのは無手勝流と言うか強引に837のアンプを作って歪測定をした結果であって、専門家から見れば「何やってんだ!このうすらとんかち!」と成るが、何事も実行あるのみと言う小生の哲学と言うか流儀で、意外な事がこの一見無意味と思われる実験の中から出てくる事があるので楽しくて止められない。写真はかって小生が1950〜1960年代に酷使した6AG7+1625×2のNFB付アンプを改造して837のエンヴェロープ帰還の実験機とした物である。

837 エンヴェロープ帰還アンプ 写真1


837 エンヴェロープ帰還アンプ 写真2



 回路は図17であるが、この程度の簡単なサプレッサーグリッド変調でも調整の塩梅(案配、按配)で簡単に20dB位の歪改善が可能である。しかし一寸調節を誤ると逆に10dB位悪化する場合があり昔IRE(現在のIEEE)の1956年のSSB特集号にあった様に直接帰還が何故同時に掛かっているのか、その理由は実際に実験してみる迄はさっぱり判らなかった。測定のデータは恥ずかしくてとても此処に出せる物では無いが、結論から言うと、

(1) ゲインが一定でなければならない。
(2) 入力側と出力側の整流器はマッチしていなければならない。
(3) 入力側と出力側の整流器に掛かる高周波電圧は等しくなければならない。
   (歪の分は別)
(4) 変調方式は広範囲の電圧で効果を出すには直線変調の必要がある。
(5) 位相の遅れから来る誤差が有るのでALCの様に前の方の段に戻す事は不可能。
等が考えられる。

 歪が−40dBと言う事は電圧で実に1パーセントであり通常のアナログ電圧計では高周波電圧をこの程度の誤差で測定するのは極めて困難であり、又ディジタル(DigitalのDiが何で「デ」か?Design(ディザイン)、Dessart(ディザート)等々のDeが「デ」は判るが、Digitalisと言う植物名カタカナで書く時如何しているか?)電圧計でも整流器を通った後では誤差が可也大きくなり、整流特性やアンプのゲインの誤差も1パーセント程度に揃える等と言う事は至難の業である。従って実際の調整は闇雲に歪が減少する様に弄くり廻す(何だか卑猥だが)方法にならざるを得ない。特に4) の直線変調に関してはアンプ自身がAB級で動作しているので、C級サプレッサーグリッド変調の様には行かないので歪の改善は出力レヴェルで可也変化するのは致し方無い所である。

 このエンヴェロープ帰還のデータを昔の物より系統立てて採ろうと助平根性を出したのが悪かったのかSGのHP 3335Aのヘッダーコネクターが彼方此方で接触不良になったりスウィッチの銀部分が黒化して表示が出なくなったり、此れ等を直したら今度はスペアナのHP3588Aのバックアップ(之もメーキャップからするとバッカップか)の電池が遂に14年目で(製造1989年、リシアム塩化サイアニール「リチウム塩化チオニール」電池)ご臨終になり設定を一々インプットしたり測定用のソフトを直す必要が出たり、目下の所開店休業と言う体たらくに成ってしまった。其の上欲を言うとHP 3335Aの冷却ファンのボールベアリングが磨耗してしまいガーガーと言う大音響を立てているのを新品と交換したいと思っている。この大音響の為SGのCN比が目に見えて悪くなっているのがスペアナ程度でも良く判る始末である。スペアナのバッカップ電池は幸いにも秋葉原(昔は「アキバガハラ」だった)に日立マクセルが在庫を持っており、「占めた白子の白兎」と入手してOKは出たが「好事、魔が多し」(?)大改造を強いられる事になった。

 繰言はさておき、以前測定に使用した837は少々出力が低く微妙な点の調整がバードの4310では困難で同様のサプレッサーグリッド変調用で出力の大きい2E22を探したが見当たらず、ましてや日本製のP球(P535かP540辺り或いは3P50か)となると博物館行きに成ってしまっており実験に使うには撥が当たりそうで結局の所837に逆戻りする事になった。

 只前回測定したデータよりも837を807並のプレート電圧750V、キャソード最大電流125mA(ヒーター電力から見て150mAは流せる)と見計らって実験を始める事とした。但しビーム管ではないので直ぐにスクリーングリッド電流が過大になりスクリーングリッドが赤熱したり溶断したりするので注意が要る。只幸いな事にこの球はサプレッサーグリッド変調用に設計されておりサプレッサーグリッドが可也マイナス電圧になってスクリーングリッド電流が大きくなっても耐えられる。で先ずサプレッサーグリッド電圧に対するプレート出力電圧のグラフを図18に示すが、以前6AG7+837で充分安定に動作したものが今回はパネルに手を近付けたり離したりすると動作状態が変化し、サプレッサーグリッド電圧を変化させても全く出力が変化しなくなり(之には参った)思い切って大改造つまり837をゲインの少ない6J5で押す方式に変更した。

 実は6SN7GTを並列にして使おうかと思ったが837のドライヴ電圧が30Vp位な上直接NFBを掛けるつもりも無いので質素(?)に行く事にした。測定データは以前と同じくAB級動作の為出力電圧制御は直線とは程遠いと思ったが、以前に比べて格段に直線性が良くなり帰還量の調節は簡単になると思ったのが運の尽きで、直線性が良くなったと言う事は広範囲の出力に対して補償が効く様になるが逆に調節が極めてクリティカルになってしまう。次にサプレッサーグリッド電圧が0Vの時の歪量のグラフが図19でこの歪総量を約−25dBと見れば歪の補正の為最少でも約10%出力を増加出来る様にしておく必要があるから、サプレッサーグリッド電圧を出力が10%位増加出来る様に−20Vに設定しそこで歪を測定したのが図20である。ついでと言っては何だがサプレッサーグリッド電圧を−40Vと+40V(之はアンプとして使用する時の値)にした物を図21図22に掲げておく。

 この様にして見ると図18との関係からサプレッサーグリッド電圧を変化させても余り歪量が変化しないのでエンヴェロープ帰還を掛ける事が比較的容易であると言える。と此処までは「ニンマリ」であったが調節が闇雲無手勝流では無駄な時間が過ぎ去るのみで思わしい結果が出ず一週間程経った或る日ディファレンシャルアンプの12AX7の動作点とバランスを取り直していた時たまたま良い結果と悪い結果(?)がスルリと出て正直「ホッ」としたのが図23図24である。以前の実験では簡単に終わったのが、今回は大変なてこずり様であった。何れにしても先述の5条件が守られて後は回路と動作条件が上手く出来上がれば面白い方式であるが、この様な複雑怪奇(?)な方式が実用的かどうか可也大きな疑問が残る所である。自虐的志向がある人は別だが・・・