JA1ACB こだわり無線塾



乗  算  器  T

訂 2004/09/23



 乗算器とは何だとご叱責を賜りそうだが、要は変調器、コンヴァーター、プロダクト検波器、復調器或いはトランスレーター(最近は之に統一されている様だ)、そうしてミクサーや周波数変換器と言った信号f1と局発f2を乗算器を使って掛け算をしてf1±f2を作り出す回路を総称している。これ等の内出力が高周波の場合は、と言うよりも我々ステレンの場合は奇数次歪しか気にならないが、之が検波器(復調器)となると偶数次歪が検波出力のオーディオの中に出て来て、又其のレヴェルが可也大きく場合によっては信号が雑音で変調されて了解度が下がってしまうと言う厄介な現象が発生する。要するに検波器は信号が一つの時はオーディオ出力も一つ、信号が二つの時はオーディオ出力も二つと何時でも入力信号とオーディオ出力に一対一の対応が成立していなければならない。ところがこの一対一の対応が如何も怪し臭い事例が次々と出て来て、夜も寝られない日々、状況が続いたので思い切って検波器だけでも測定に掛けて見る事にした。残念な事に現在迄インバンド歪と言うとパスバンドの中に発生する奇数次歪つまり近傍歪のみで、之がオーディオに変換された後の数オクターヴにも亘る広いバンドの中に雪崩れ込んで来る数多くの歪つまり奇数次だけでは無く通常のHFやIF或いはミクサーやコンヴァーターでは全く問題にされない偶数次歪迄検討されたステレン向けの記事は見た事も無い。又プロ向けの物ではディジタル変換の後更にヒルベルト(独逸語読み?)変換して歪を減らしてやる方法が知られているが、小生の考えでは歪を−120dBにした所でステレンにはまるで役に立たないからまあ−60dB位を安価に仕上げる方法を考案した方が賢明であろう。


 前々からプロダクト検波は二乗特性其の物自身(二乗特性で無ければ検波器にならない)であるから、当然オーディオ側はAB級やB級のアンプと同様プッシュプルで無ければならない筈だと考えていたが、実際1970年代の初めに作った14MHz RTTY専用の受信機は検波段は勿論オーディオ段もプッシュプルにしてある。只当時は残念ながらオーディオ帯のスペアナはおろかディストーションアナライザーも無く「これでいいのだ」と得意になって使っていたが、改めて歪を測定して見て小生の単なる思い込みでなかった事が証明された様なものである。図33は今回測定した回路で、球は12AT7を使用したが先述のRTTY専用機では12AU7を使ってある。球のμの点から言うと2C51が適しているが色々言い出すと日が暮れてしまうので今回は球のもの以外にコリンズの51S−1に使用されているダイオードの物も測定してみることにした。図34は其の回路で残念ながら手許に1N127が無く耐圧の高い1N128がごろごろしていたので使用したが、昔其れも大昔搬送電話業界では亜酸化銅整流器が歪が少ないと言うことで盛んに使用された事があるが、とても今日入手出来る物ではなく、又100kHzよりも高い所で使用可能の物は当時でも存在しなかった様である。一方この51S−1や32S−1の様に単体のダイオードを4個繋いだけの物ではなく最近はマッチドクワッドと呼ばれる性能が揃った4個のダイオードをモールドしてしまった物が殆どで大昔にはメタル管の6H6と同じ大きさの1N70辺りが有名であった。只ダイオードの場合負荷が局発に対してもサイドバンド、つまり上側ヘテロダインと下側ヘテロダイン(検波の時は勿論オーディオ出力)の全てに対して負荷抵抗が一定でないと歪が大きくなり使用に耐えないので出力側に6dB程のパッドを入れるが常識になっている。検波や復調の時はこのパッドが不要と言う話は聞いていないので果たしてこの51S−1の使い方が正しいかどうか検証をする必要が出てくる。なるほどコントロールグリッド変調では出力の負荷抵抗はキャリアにもサイドバンドに対しても同一で、之が当たり前と固く信じてきたが、この同じコントロールグリッド変調であるミクサーやコンヴァーターになると負荷抵抗がはいるのはサイドバンドのみ其れも片側のサイドバンドのみであり、キャリアと逆側サイドバンドはショート状態であり、この不可解極まりない事情に日夜死ぬほど悶え苦しんでいる所である。更に言わせて貰うならば球のプレート特性曲線の上に負荷線を一体全体どの様に引くのか充分納得の行く様に教えて欲しい。


 と言う様な「ハチャメチャ」な前置きは別にして図35図33を入力2mV/TONEで測定したデータでこの程度の出来具合ならば何の問題も出て来ない。一般にSSBの復調は再挿入キャリアと信号との電圧比が充分大きくないと位相歪と言うかヴェクトル歪(独逸語読み)が無視出来なくなって来る。単純な計算では歪を−60dB位にしようとすると信号レヴェルを1000分の1程度に保つ必要があるが、プッシュプル(平衡検波或いは並衡検波と言う言葉を使えと怒鳴られそうだが)ならもっと大丈夫と70mV/TONEに増加したものが図36で歪が大体−60dBに抑えられて居るので、ステレン用としては充分な性能と思っている。と結論が出てしまったが、片肺の普通の物は如何か、一応測定データを出してこの様に悪いと自分自身を先ず最初に納得させる必要がある。しかも球の動作点、動作状態が其の儘で片肺にしてやらないと比較にならないので、回路上一寸した工夫が必要になって来る。図37に示す様に案の定2次歪が一斉に出てくる。此処で信号と歪を一覧表にしておこう。


信号 f1   f2
2次歪 2f1, 2f2, f1+f2, f1-f2
3次歪 3f1, 3f2, 2f1+f2, 2f2+f1, 2f1-f2, 2f2-f1
4次歪 4f1, 4f2, 3f1+f2, 3f2+f1, 3f1-f2, 3f2-f1, 2f1+2f2, 2f2-2f1


となり、この内リニアアンプやミクサーで問題になる歪は3次の2f1-f2と2f1-f2のみであり、検波器が如何に歪の宝庫(?)であるか判ると思う。ましてや通常のリニアアンプの様に5次や7次更に9次迄も問題にすれば其の数は厖大なものになり、スペアナで其れ等を全て同定するのは至難の業であるが予測するにはこの表に先ほどの420Hzと610Hzを入れて計算をすれば歪が出て来る周波数が判る。基本的に2次歪は4個、3次歪は6個、4次歪は8個、5次歪は10個、6次歪は12個、7次歪は14個と一般的にn次歪は2n個の周波数に出現する。更に回路構成上歪電圧が再びコントロールグリッド側に出現したりすると歪が歪を呼び(NFBならば減少するが)其れこそ「魑魅魍魎」だらけになる。


 ところで先程少々触れた負荷抵抗の問題の様子を見る為にキャリアと上側サイドバンド(検波器の時はほぼキャリアの2倍の周波数)に負荷抵抗をかませたいと思ったが意外や意外之が大変な難行(千日回峯行に較べれば屁みたいなものだが)で、厄介な事はキャリアの倍の所までオーディオ帯と等しい負荷抵抗にする事と信号とキャリアがほぼ同一周波数なので発振の可能性がありニュートロをとる必要が出てくる事である。特に高周波側の負荷抵抗をオーディオ帯と等しくするのは極めて困難で、一体全体どの様に攻めるか思案投げ首、手許にあるイムピーダンスアナライザーHP 4815Aでは400kHzから上のみでオーディオ帯から測定出来るHP 4194A等は高嶺の花、手を拱いて1週間にもなる。ところで昔々お爺さんとお婆さんではなくAM用の検波器で直線検波器と言うのがあったが(エンヴェロープ検波は直線検波が可能)このキャソード出力を上手に使うとオーディオから再挿入キャリアを経て信号の2倍の周波数迄に亘って負荷抵抗を一定にするのはプレート側に比較して遥かに楽だと思いついた。兎に角この直線性を標榜するエンヴェロープ検波を二乗検波として使えるか如何か、其れこそやって見ないと判らないと言う訳で其の儘プッシュプルにして信号もインジェクション(地方によってはインゼクション無理に発音すると印字絵クション!)もコントロールグリッドから入れて歪を測定した物が図38である。この方式はオーディオ出力が可也少なく矢張りプレート出力型の方が優れていると言えそうである。尚図33の方式はIFTがプッシュプルになっているので嫌だと言う方々には図39の様にBFO側をプッシュプルに変更した物を示しておく。又キョウビ球でも無さそうなので図40にBJTとFETを使った回路を示して置くが、飽く迄もアイディアだけでどの様な石(大昔は石と言うと水晶発振子)が良いか、トランスは、回路定数は、動作レヴェル等々未だ実験をした訳ではないので将来の楽しみとしておきたい。良く考えなくても判る事だが既に−60dB程度の歪量の検波器が出来上がっているのだから物事をこれ以上複雑怪奇にする必要は無い訳であるが、小生の極めて悪い習性で何か思いつくともう矢も盾も堪らず砂煙を立てて一目散に走り出す傾向があるから、キャソード出力型は、この様なやり方もあるぞ位に考えておいて戴きたい。寧ろダイオード4本型をもう少し弄くって6dBパッドが検波器に限って要らないのは何故かの解明の方が重要かもしれないと考えたが、之が絶句する位出力が少なく、特にインジェクションの駆動源イムピーダンスが低いと入力電圧の損失が非常に大きくなり使用に耐えない。一応図41に歪を測定したグラフを示すが、この誘導ハムに就いては実験でした様なバラックでは防ぎ様がない。歪に就いては図で見る様に6dBパッドが無くても−50〜60dBあたりではそれ程気にする事は無い様である。精細な実験は後廻しにしたい。


 兎に角12AT7を使ったプッシュプル型の検波が充分な性能を持っている事が判ったので其の内に昔懐かしいコリンズの75S−1に組み込んでやろうかと考えている。実の所この75S−1はBFOが裸でIFの初段にこのBFOの出力が可也のレヴェルで廻り込み嫌な「シー」音が出る傾向がある。12AT7の入力側のIFTの一次側(二次側はバランス型になる)には丁度上手い具合にBFOに対してニュートロを取った様になり、配線にドジとヘマをこかない限りBFOが洩れて出て来る事は少ない。それでも心配の向にはIFTで一次と二次間にスタティックシールドが入っている物を持ち出される(ラ抜き?)のも良いであろう。ところで、今の今もたった今気が付いた事は、乗算器々々々と騒いでいるが単純なキャリアの振幅が変化する時、例えば短波でのフェーディングとか連続可変のアテニュエーターを調節している時には其れが直線回路内であってもサイドバンドが発生するのだろうか。又発生するとしたら乗算器で発生する物と如何区別するのだろうか。答えは譬え直線回路の中であろうと非直線回路であろうとキャリアの振幅が変化すれば必ず其の変化に従ったサイドバンドが発生する。となると乗算器は何故必要なのか、そうして直線AM変調を後でフィルターを通すなりIQ処理するなりしてSSBを作ってはいけないの?と言う大疑問が発生する。再び答えはSSB信号の復調の場合は乗算器が無いとf1±f2 が出て来ないから之は絶対必要であるがAM変調の場合はエンヴェロープの検出丈なので乗算器は基本的には不要である。となると図42の様に入力のSSBの逆側のサイドバンドを作り出してやってから直線エンヴェロープ検波をしてやると如何なるのか、又やる事の楽しみが一つ増えた次第である。更にAM信号を作り出す時にDDS(Direct Digital Synthesizer、近頃デジタル、デジタルと変な言葉が氾濫しているのでDigital をDegitalと書いてあるのをチョクチョク見る)の出力の振幅をコントロールしてやれば、D/A変換器が16ビット位あれば-60dBの歪量に抑えるのは、音声のダイナミックレンジ(正しくはレインジだがMajor「メイジャー」がメジャーだからマッイイカ、縫製ではメジャーはMeasureになる)の分を入れても余裕がある。一方エンヴェロープ検波ではA/D変換をサムプルアンドホールドかピークアンドホールドにして其の後で間引き(一種のローパスフィルターになる)してオーディオの振幅成分を取り出すと言う方法が最も素直ではなかろうか。等々ディジタル処理やディジタル加工の諸問題は目下R/332と周辺装置からVXIbus/VMEbusの方向で変更し再構築中だが、上手い具合に必要なVXI測定ユニットが安価にリサイクルショップに出てくれれば良いのだが果して如何なる事か、レジスターベースのブレッドボードモデュールでも高価でステレンには新品はとても手が出ないし・・・上手く行った暁には拍手喝采を(江戸時代以前は拍手は無く喝采のみとか)・・・矢鱈とやる事が増えた! と言った所までは良かったがHP 3335Aが遂に修理中電源トランスから火を噴いてしまい大型乃至は粗大塵に成り果ててしまった。従って色々な実験計画に可也の齟齬を来たす事に成ってしまったが、何とかSGを2台で乗り切る心算であるから、題目が飛び飛びになるかも知れないが、其処の所はご容赦願いたい。